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5月に全閣僚が揃った米国トランプ政権だが、広報部長の交代劇やバノン主席戦略官の解任で一層の混迷に入ったと言われている。
閣僚達の中で、大きな位置を占めていたゴールドマンサックス社(以下「GS」と略記)出身の集団から、バノン氏が抜けたことで「ロシアゲート問題」で揺れるトランプ大統領周辺は今後どのように変わるのか?
GS出身者たちの政権への影響と政策はどのように進められるのか?
GSという組織の特色や社員の特徴等とあわせて、今後のトランプ政権の行方も予想してみたい。
ゴールドマンサックスはどんな会社か
沿革
GS社は1869年創業(ゴールドマンが義息サム・サックスとゴールドマン&サックスを設立したのは1882年)だが、現在のような世界最大級の金融機関として成立したのは、1907年に16歳で入社したシドニー・ワインバーグの力だ。
ワインバーグは数人のパートナーによる共同経営のスタイルを確立し、大恐慌を乗り切った後、フォードのIPOなどで力をつけ約40年間GSの会長職を務めた。
この「共同パートナー制」はその後もGSの伝統的経営方式となり(時に、権限がトップ集中でないという欠点も出る)GSの経営基盤となっている。
〔強烈なリーダシップを発揮しながら、個人帰属の成果を嫌ったワインバーグには新入社員が「私は〇〇をしました」と言うと「主語が違う!“我々は” だろう」とたしなめた、という逸話が残っている。〕
人員採用
GSは、新卒予定者のインターン選抜から、オープンミーティングなどの厳しい過程を経て入社選考された優秀な人材を採用し、中間管理職で25万ドルという高給を得ている。
2007年頃には全社で3万人を超えると言われていた社員の平均ボーナス支給額は7300万円だったと言われている。
※最近の年収は750万円(新卒)~1億円(アナリスト等)
そのため、退職率も業界平均20%(年間)に対し、5%という低い水準だという。
更に幹部になるのは飛び切り優秀で超高給の人材で、GS出身者から上院議員、連邦準備銀行総裁や後述する財務長官などを輩出している。
その採用試験では、トップの一人が900人の学生の最終面接(採用23名)をこなすという逸話もあり、優秀な人材確保には一貫して努力している企業だ。
また、中途採用者のヘッドハンティングでは、会社の利益の一定割合を得られるオプションや特別ボーナスなどの破格の条件を提示するため、厳しい選定条件で選び抜かれた優秀な多数の人材が中途入社する。
GSの業務
GSは、1970年代に低コストのブロックトレーディング(企業が保有する大量株式を一時期に売却するリスクが高く、収益率の高い取引)で「鷹は舞い降りた」という有名なセリフも生まれた大口クロス取引などで更に急成長した。その後、日本のバブル崩壊で莫大な収益を上げた「日経リンク債」の開発者もGSだ。
21世紀に入り、リーマンショックの危機を投資家バフェットの資本提供などで乗り切り、GSは現在も世界屈指の投資銀行として大きな存在感を持っている。
(この段落の記述には、『ゴールドマン・サックス王国の光と影』チャールズエリス著 及び『訣別 ゴールドマンサックス』グレッグスミス著 等を参照)
これまでのGS出身の財務長官
GS出身の財務長官としては、1990年からGSの共同会長だったロバート・ルービンが、1993年からクリントン政権時代に財務長官を経験し、1999年まで在任した。
ヘンリー・ポールソンは熱心な共和党員(ニクソン大統領時代の大統領補佐官)で、1999年から務めていた会長兼CEOから、2006年にブッシュ大統領時代の財務長官を経験し、リーマンショックを乗り切って、2009年に退任している。
このポールソンはCEO時代に、JPモルガンとの統合提案に対し、「統合後に大幅な人員整理(例えば日本の1500人)が必要だという点と規模の拡大が長期的利益率の上昇につながらない」という点などから、当初経営会議の多数意見だった合併賛成を覆し、合併しないという当時の金融業界の風潮とは異なる、いかにもGSらしい決断をした。
(『ゴールドマン・サックス王国の光と影』チャールズエリス著を参照)
トランプ政権における閣僚、重要ポストのGS出身者
5月15日のライトハイザー通商代表就任でようやくトランプ政権の主要メンバーが揃ったが、その後もプリーパス首席補佐官の辞任(事実上の更迭)等で揺れ動いている。
トランプ政権 主要メンバーリスト(アメリカ大統領 ドナルド・トランプ) | |||
副大統領 | マイク・ペンス | 州知事 | |
国務省長官 | レックス・ティラーソン | エクソンモービル会長兼CEO | |
財務省長官 | スティーヴン・ムニューチン | GSグループ幹部 | |
国防総省長官 | ジェームズ・マティス | 海兵隊中央軍司令官、大将 | |
司法省長官 | ジェフ・セッションズ | 共和党上院議員 | |
内務省長官 | ライアン・ジンキ | 共和党下院議員 | |
農務省長官 | ソニー・パーデュー | 州知事 | |
商務省長官 | ウィルバー・ロス | WLロス&カンパニー会長CEO | |
労働省長官 | アレクサンダー・アコスタ | フロリダ国際大法科大学院長 | |
保健福祉省長官 | トム・プライス | 下院予算委員長 | |
住宅都市開発省長官 | ベン・カーソン | 神経外科医 | |
運輸省長官 | イレーン・チャオ | 労働長官 | |
エネルギー省長官 | リック・ペリー | 州知事 | |
教育省長官 | ベッツィ・デボス | 米国児童連盟委員長 | |
退役軍人省長官 | デービッド・シュルキン | 内科医師 | |
国土安全保障省長官 | ジョン・F・ケリー | 海兵隊退役大将 | |
大統領主席補佐官 | ジョン・F・ケリー | 海兵隊退役大将 | |
行政管理予算局局長 | ミック・マルバニー | 共和党下院議員 | |
環境保護庁長官 | スコット・プルーイット | オクラホマ州司法長官 | |
通商代表部通商代表 | ロバート・ライトハイザー | 弁護士、通商代表部次席 | |
国際連合大使 | ニッキー・ヘイリー | 州知事 | |
経済諮問委員会委員長 | ジェイソン・ファーマン | 経済学者、世銀 | |
中小企業庁長官 | リンダ・マクマホン | プロレス団体元CEO | |
国家経済会議委員長 | ゲーリー・コーン | GS社長兼COO |
上記の閣僚・政府高官が内閣を構成し、これに加え大統領上級政策顧問らの大統領顧問団を加えた布陣がトランプ政権の主要メンバーだ。
出身別にその内訳をみると政治家・政府組織出身が一番多く、28名中12名。次がGSを含む実業界から5名、軍出身が2名、その他が5名と当初言われていたほど3G の比率は高くないが、主要閣僚に占める割合が大きいことは変わっていない。
さらに政権中枢の戦略官や大統領顧問にもGS出身者がいる。
高い能力評価のGS社員が、米政権に参加すること自体は意外ではないが、トランプ大統領の選んだ主要閣僚の多さと選ばれた人材には下記の様なユニークな特徴があるので、個別に紹介したい。
1.財務長官「スティーブン・ムニューチン」
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トランプ氏の選挙時には陣営の財務責任者だった新財務長官スティーブン・ムニューチンは、GSの元パートナー(経営幹部)だが、前述のGS出身財務長官二人と比べると、途中退社したこともありGSのトップクラスではない。
GS時代には、低評価の資産から巨額の利益をもたらす手腕に定評があったと言われている。
彼の父親もGSに勤務しており、前述のブロックトレーディングなどの強引な取引などにも名前があがっていたトレーダーだった。
スティーブン・ムニューチン自身、GS退社後に起こした事業で、複数の取引で訴訟沙汰を起こしながらも、辣腕をふるって巨富を得ている。
一貫して政権中枢で精力的な活動を続けているが、最近女優である夫人の専用機使用をめぐる不用意な発言に関して反感と非難が高まっており、新たな政権不安定要素にならないかと心配されている。
2.NEC議長「ゲーリー・コーン」(国家経済会議議長兼任)
出典:jp.wsj.com
トランプの経済政策で、司令塔となる国家経済会議(NEC)議長のゲーリー・コーンは、GSの社長兼最高執行責任者(COO)で、同社のナンバー2で最高経営責任者の一歩手前だった。
彼の職務は議会承認が不要なため、ムニューチンに先立ってトランプ大統領就任と同時に就任し、アメリカ合衆国行政管理予算局長官にも就任している。
コーンはGSの次期トップと噂されていた。彼の経歴・能力は財務長官のムニューチンより上ではないかという声も聞かれており、トランプ大統領が彼に期待する経済政策立案には注目が必要だ。
彼を中心として税制改革計画が検討中と噂されていたが、まだ先のことになりそうだ。
しかし、彼から政権の行き詰まりを打破する政策、例えば金融機関の積極投資を可能とする規制撤廃や新たな優遇策等等が出てくる可能性も期待されているが、相変わらず中枢スタッフの承認遅れにより人材不足が続いており、複数の重任を担うコーンの負担は過重すぎないかとの心配の声と辞任を心配する声もある。(もし、コーンが閣僚から離れた場合、経済政策は完全に破たんすると言われている)
3.更迭された元主席戦略官「スティーブン・バノン」
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スティーブン・バノンの解任は影響の見方が分かれている。
トランプ政権の首席戦略官(上級顧問)に指名されていた彼は、GSの投資銀行部門で働いたことがある。その後、右翼ニュースサイトに転じた。メディアには極右と呼ばれ、差別主義者の印象が強く、その強烈な言動への警戒と政権内穏健派との対立、大統領の人種差別政策を巡る混乱の打開策から解任された様だ。
これまで政権に関わったGS出身者にはGSの社風を受け継ぐリベラル系が多く、バノンの性向と行動がコーン議長やムニューチン財務長官との間で意見の相違もあって、政権内部の対立の大きな要素ともなっていた。
彼の解任による今後の影響については後述する。
4.上級顧問「ディナ・パウエル」
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更に、トランプ大統領の補佐官(経済担当の上級顧問兼任)のディナ・ハビブ・パウエルもGSの出身者でやはり注目の人材だ。
ウキペディア日本版記載記事によると、エジプト系アメリカ人である彼女はインターンシップで上院議員(共和党)事務所を経験し、共和党全国委員会で議会担当部長および委員長上級顧問、その後大統領特別補佐官および次席部長、大統領補佐官(ブッシュ政権の人事担当)、国務次官補(教育・文化担当)を歴任し、最後は国務副次官(公共外交・広報担当)に指定されるというトランプ政権中枢には珍しい政治経験豊富な人材だ。
2007年に国務省を退いて、GSのグローバル・コーポレイト・エンゲイジメント社長に就任し、GSの慈善担当の役割も担い、知名度が高い女性だった。
トランプ政権では中小企業や女性の起業家支援などを担当し、アラビア語が堪能な彼女は、トランプ大統領の娘イバンカと親密な関係を持っており、上級顧問のクシュナー氏らと協調して執務している。
4月のシリアへの軍事攻撃報告の際の政権幹部会議において、バノン首席戦略官と同列で並ぶ姿が発表された写真の中に見られた。
ブルームバーグ報道では、パウエルが「起業家精神と中小企業の成長、世界経済における女性の地位向上をめぐる新たな取り組み」で政権を支えることになると言われている。
GS出身者のトランプ政権での役割
バノン氏以外の3名は、引き続き政権内の主要な部署についているが、それぞれの多彩な経歴や個性等から見ると、政権内部をGS色に統一することにはならないだろう。
そもそも、リーマンショック以降のGSの経営は「顧客の長期的利益を考えず、従来以上に強引になり、GSが本来持っていた顧客本位の姿勢がなくなり、信頼できない」というニューヨークタイムス紙の報道もある。
(『訣別 ゴールドマンサックス』グレッグ・スミス著 参照)
こうした声も併せて考えると政権のGS出身閣僚達がどこまで従来からのGS色を出していくのかは未知数だが、必ずしもGS出身者が、経済に対し同じ志向、性向を持っているわけではなさそうだ。
ただ間違いなく言えるのはGSがアメリカの大企業の中でも最高ランクの人材を集めていることだ。GSの幹部クラスの能力はかなり高いため、トランプ大統領が人材不足の中で人材不測の政権内では一段と存在化を高めている様だ。
コーン、ムニューチンらのGS出身者に加え、著名投資家のウィルバー・ロス商務長官らウォール街出身閣僚は、共和党を支持する保守派が要望する金融機関の規制を強化した2010年制定の「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」の廃止または大幅な修正を支持し、大統領令の見直し指示を受け、6月8日には下院において、ドッド・フランク法の条項の多くを緩和する修正法案「金融選択法案」が可決した。(但し、上院での修正法案可決は難しいとみられており、成立は困難の様だ)
ロシアゲートと政権内部抗争の行方とGS関係者の動向
大陪審設置が決まり、ロシアゲートへの関心が一層高まっている中、当初星雲状態(ネビュラ)と言われていた政権内部は派閥に分かれた主導権争いから、親族派と言われるクシュナー上級顧問、パウエル顧問にイバンカ氏を含め比較的良好な関係だった共和党派のペンス副大統領、マティス国防長官らと従来の路線から穏健的な政策にかじを切るのではないかと言われている。
ただし、バノン首席戦略官が辞任したとはいえ、信頼の厚かったトランプ大統領には一定の影響力が残っているとも言われ、大統領の支持基盤と言われる白人労働者層からの支持の行方は大統領の人種差別主義への態度も含め、今後の波乱要因かも知れない。
パリ協定離脱の経緯で明らかになったのは、従来のグローバル主義支配体制に反対する保守主義(ティーパーティ支持の共和党保守派が中核)の巻き返しだろう。
ロシアゲートで守勢一方のトランプ陣営だが、人種差別への態度で勢いを増した大統領反対勢力(弾劾実施を含む反トランプ)の勢いが、反対派のデモ等の動き次第で、共和党支持者の与党共和党及び政権支持率が大きく低下する傾向に動くようなら、政権基盤も揺らぎかねない。
最近の米国の金融相場の変調、株価下落、金利安等はこうした不安の影響と言われている。
GS出身者が打ち出すトランプ政権の経済政策
トランプ大統領の経済政策の発表遅れが目立っていたが、メキシコ・カナダとの北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉も始まり、メキシコ国境壁には太陽故パネルを提案するなど、具体策の実施見込みは大幅に遅れており(閣僚以外の高官ポストは相変わらず未定が甥)とロシアゲートの進行により全く見通しがつかない中、進みだす兆しも見える。
これまで見てきたように、異例な構成のトランプ政権人事だが、経済界出身の実力者ティラーソン国務長官を含めて権力闘争が一段落し、コーン氏を中心とした、実務重視の姿勢が漸く強まるかも知れない。
内政に目立った成果のないトランプ政権の起死回生に向け、改革や新機軸を打ち出す新たな経済政策をGS出身者達は立案中なのかもしれない。
大規模な規制緩和も当面具体的進展はないが国際的なセンスを持つGS出身閣僚たちが同じくGS出身のバノンとの軋轢解消によって、トランプ政権の評価を一変させるような素晴らしい外交政策や経済政策の新機軸が出るのを期待する関係者もいる。
〔GSの最近50年の歴史は、その善悪は別として、アメリカ証券取引委員会(SEC)等の「金融規制との戦い(規制逃れ)の歴史」だったという側面もある〕
ロシアゲート、司法妨害疑惑終焉には時間がかかりそうだが、来年の中間選挙に向けて政治主導の動きが予想される中、トランプ政権内のGS出身者の政策展開能力、調整能力が発揮できるかどうか引き続き注目したい。
コラム執筆者
K. 和気
損害保険会社等で担当者約5年、決済責任者を含め通算10年以上にわたり数百億円に及ぶ単独資金決済運用(最終決定)を担当。現在は非常勤顧問として勤務の傍ら、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れ、株式・為替・債券等にて資産運用を行い、日々実益を出している。