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囁かれる「中国経済はいずれ破綻する」の真相を追う

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1990年にはGDPで日本のわずか8分の1にすぎなかった中国だが、その後拡大ペースが加速化、2010年一気に日本を抜き去り世界第2位の大国に躍り出た。さらに米国を追い抜くのも時間の問題、現状のスピードでも2032年頃といわれている。

だが、同時に囁かれるようになったのは、「中国経済の破綻」説である。体制が整備されないままに急膨張したための軋み、とも指摘されるのだが、一党支配体制の下、暗い闇に包まれている中国の実態、その危機シナリオの真相はどこにあるのか、追ってみよう。

社会主義の経済手法は消え「資本主義」と大差ない経営

中国は「社会主義」を自称するが、1980年代から市場経済化を進めており、とっくに社会主義が持っていた経済手法は姿を消してしまっている。また、当初使っていた「社会主義市場経済」(注1)という言葉も今では死語にさえなった。もはや経済運営は、資本主義国とほとんど変わらない。
(注1;共産党支配体制の枠内で私営や市場機構を認める経済体制)

中国社会が、豊かになりたいという人間の欲望と激しい競争の上に成り立ち、それが飛躍的な経済成長のエンジンとなっていることも、全く資本主義国と同じだ。それなのに何か他国と変わったものを感ずる原因の1つは徹底した“情報非公開”、いわば秘密主義にある。

公表される経済指標にしても、共産党一党独裁のベールに包まれており、どこまで正しい数値なのか見当がつきかねることである。とくにここ10年来よく言われるようになったのが、GDPや不良債権、個人消費、外貨準備高など政府発表の数字の信頼性についての疑問だ。

公式発表の数字に世界の専門家、有識者から上がる疑問の声

まずGDPに対する信頼性である。ちなみに2016年の成長率は6.7%、昨2017年は前年を0.2%上回る6.9%となったが、調査機関“キャピタル・エコノミクス”(本社・ロンドン)によると、「実際の成長率は4.5%であろう」と述べる。また世界有数の経済誌“フォーブス”も「スウェーデンのトップ経済通は3%と指摘」としている。

以前から各国エコノミスト、経済シンクタンク、メディアなどから中国発表の精度を疑問視する声が出ていたが、今では当たり前の風潮となってきた。そして言えるのは、これらプロ集団は、自分たちが出した結論にプライドをもって発表していることだ。

指標の中には実勢に近く誤魔化しようのない数値があり、それらを積み上げ、統計分析などさまざまな手法を駆使して総合化する一方、各国の実例・実績をベースにした比較解析などを通して、膨大なデータの集積・処理の中から中国の成長率を推断しているのである。

中国の経済実態に近いと認められた“李克強指数”

胡錦濤政権のとき、2020年のGDPを10年間で倍増する計画を公約にしたが、それにはどうしても年率7%程度の成長が必要となる。したがって2012年から受け継いだ習近平政権もその目標達成のために執念を燃やした。

現に今年の全国人民代表大会で活動総括をした李克強首相は「この5年間でGDPは54兆元(日本円換算で約907兆円)から82.7兆元(約1390兆円)に増え、平均年率は7.1%伸びた」と報告をしている。ともかく数字の上では中国の高成長は継続されていることになる。

ここで“李克強指数”というフレーズを登場させる。
2010年に英エコノミストによって名付けられたといわれるもので、①鉄道貨物輸送量、②銀行融資残高、③電力消費量の3つの指標で構成される。

今や李首相は、習体制の懐(ふところ)刀(がたな)ともいうべき存在だが、遼寧省の党委員会書記であった2007年に米国大使に「GDP成長率は信頼できない。経済状況をみるにはこうするとよいですよ」と上記の①、②、③の指標を挙げたことが、その由来といわれる。

それ以来、中国経済を推量するにはこの3指数を用いる方法が世界各国で重用された。実際の作業としては、それぞれ①25%、②35%、③40%のウエイト付けをして加重平均(注2)するのだが、経済専門家はこの結果の数字を中国の実態に近い、と認めている。
(注2;それぞれの項目の重要度<ウエイト>を加味しての平均)

d.hatena.ne.jp
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李指数も構造変化で実情にそぐわなくなった!

もっとも、この李克強指数が政府発表のGDP数字と連動していたのは2014年第3四半期(7~9月)までで、その後は李指数が下回りはじめた。このことからGDPについて、また政府ぐるみの数字のかさ上げがされているのでは、との疑惑が追認される形で浮上した。

また、中国の経済構造が大きく変化しているので、最近の実態と比べバイアス(隔たり)が出るのは当然だという説もある。もちろん習政策による変貌も影響している。

まず大きな変化としては産業シェアだ。2012年以降、習政府が掲げる重化学工業 中心の過剰設備の削減方針の影響である。中国GDPに占める製造業のウエイトが急速に低下をとってみてもいる一方で、サービス産業のウエイトは急ピッチに上昇した事実による。

第3次産業の発展による物流、消費などの構造変化

李指数①の「鉄道貨物輸送」は、生産に必要な原材料や製造された製品を運ぶ手段として使われているもの。だが現在、物流の中心はサービス産業でもっぱら利用されるトラック輸送なのに、その数字が入っていないのでは実勢を反映しているとはいえないという主張だ。

②の「銀行融資残高」にしても国営企業に偏在している実情があるし、③の「電力消費量」
(注3)は20年前と比べ工業向けシェアは82%→74%と激減しているのに対し、第3次産業向けは5.4%→11.0%、住宅用シェアは5.4%→12.2%と2倍以上と様変わりしている。
(注3;高度情報科学技術研究機構「中国の電力事情」調査より)

このように唯一頼みにしていた李指数が実態とかい離するようになったということになれば、かさ上げされていない数値は何に求めたらよいか、となるが、残念ながら実情を表す信頼すべき指標は今のところ見当たらない。

不良債権の実態は公式統計の10倍が共通認識に

中国には過去一貫して公共投資が中心になってGDPを押し上げてきた歴史がある。その結果、不良債権が激増している(はずである)のだが、中国は2016年3月末の商業銀行における不良債権比率は1.75%、その残高は約1.4兆元(日本円で約21兆円)と発表した。

この公式統計を見た世界の金融業界は驚きの声を上げた。「そんなはずはない」という意味での驚愕である。日本総合研究所の試算でも12.5兆元(190兆円)としており(2016年8月レポート)、ほぼ公式統計の約10倍の規模というのが、世界の共通認識となっている。

IMF(国際通貨基金)も、「中国の企業債務は2015年末にGDPの144%に達した」と推計している。これは日本のバブル期、1994年のGDPに占める企業債務比率149%(670兆円)に匹敵する水準だ。習政権はそれでも隠し通していくのだろうか。

「難しいことは言わず、経済発展だけさせてほしい」

リーマン・ショック(注4)の直後、4兆元という、当時の日本円換算で50数兆円に上る景気刺激策を行って、余裕を失った世界に賛辞を浴びたことがあったが、それは結果として中国経済の悪化に拍車をかける結果になった。それは、国内の供給力が一気に増加したためだった。
(注4;2008年9月、米リーマン・ブラザーズの倒産を引き金に世界に連鎖していった金融危機)

4兆元の公共投資が鉄鋼生産や不動産開発の過剰投資に回ったのだ。地方には、誰も住んでいない文字通りのゴーストタウンが林立した。それでも政府は「計画経済は順調に進んでいる」とアピールし、経済指標にはもっともらしい数字を発信しつづけた。

その一方、自国の利益を追求する方針として「相互に内政不干渉(注5)」、「発展するための権利」を強調している。つまり「中国に対し大国の責任とか難しいことを言わず、経済発展だけさせてほしい」と声高に主張したのだ。
(注5;内政問題はそれぞれの国の意思によって決められるべきで、他国が干渉してはならないということ。国際法上の原則)

どこに向かうのか、長期執政を樹立した習体制

最近の中国の行動は、資源の買いあさり、温暖化対策の拒絶、恣意的な為替レート、不都合な情報の遮断──など、一党独裁という体制のもと、経済発展や国家目標の達成を最優先する国のあり方、自らの利益を最大化させるためには手段を選ばない社会の価値観が目立つ。

実利さえ得られれば他は一切関知せず、という中国流のあけすけな気ままな思想から、経済指標も平然と都合のよいように改竄する行動形態となっていくのだろうが、中国自体の現実はどこかで弾ける。いつまでも隠し通せるはずがない。

技術革新や新産業で世界を制したわけではなく、中国経済が覇権を握ったのは、圧倒的な需要と生産パワー、加えて国債の大量保有によるものなのだ。そんな支配がどうみても、長く継続されるはずがない。だが最大の不幸は、ますます長期執政を確立し、強権政治に拍車のかかる習体制には全く意に解さない事柄ということであろう。

超大国への発展にともない、世界は中国との“共生”を望み、模索している。その意味でも、中国には世界が共感できるプリンシプル、世界が納得する大義を掲げて行動してほしいものである。

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コラム執筆者

f:id:Money_Clip:20180209143106j:plain藤沢 佑吉
1948年生まれ。昭和45年に㈱野田経済研究所 編集部に入社、平成4年に経済誌『野田経済』 編集長、同8年に編集主幹、同12年に退任・退職。平成15年㈱インタープレス編集長(常務待遇)に就任、同26年に退任・退社。『建設オピニオン』(建設公論社)、『サイクルプレスジャパン』(インタープレス)にて連載執筆経験がある。