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3%賃上げをめぐる2018年春闘の実態と行方

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日本企業の約53%が今3月期利益で過去最高に達することが確実となった。
しかも失業率、有効求人倍数などのデータは歴史的に誇れる数値なのに、賃上げにつながる気配がないのは奇妙な話である。春闘の内容もベースアップよりも、やはり日本的慣行が染みついた定期昇給が大部分だ。
「経済の好循環のために今年こそ3%の賃上げ実現を…」と安倍首相もハッパを掛ける。
賃上げすれば法人税で優遇するという措置も、あまり効果はなさそうだ。
いま真只中の“3%春闘”の行方は一体どうなるのか? 

賃上げの好材料は出揃ったのに…

アベノミクスによる景気拡大は、いざなぎ景気【※1】も上回り、戦後2番目の長さに達した。企業業績も好調そのもので、三井住友アセットマネジメント調べによると、2018年3月期(2017年度)の日本企業全体の業績は、売上げが前年度に比べ7.2%増えて410兆円に拡大した。
【※1】1965年11月から57ヵ月続いた戦後最長の景気拡大

この年度内の儲けを示す経常利益は17.9%増の35.8兆円に達すると試算されている。しかも対象企業の過半(52.7%)が過去最高の経常利益の更新が確実だ。(「マーケットレポート」より)

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1月の完全失業率は2.4%と、24年9ヵ月ぶりの低水準(総務省の労働力調査)、また有効求人倍数も1.59倍(厚労省発表)と1973年に次いで過去2番目の高い水準となっている。
だが、これだけ景気拡大の材料が揃っているのに、賃金がなかなか上昇していないのも実態である。

過去4年間にわたっている第2次安倍内閣スタート以降の春闘を振り返っても、2015年の2.38%をピークに、16年は2.14%、17年2.11%とやっと2%を超えた水準のため、安倍首相は経済3団体共催の新年パーティで「経済の好循環を回していくためには、今年の賃上げ、はっきり申し上げて3%をお願いしたい」と強調していたのが印象的だった。

企業の儲けが労働者には還元されていない、との批判

また法人税との絡みで賃上げを奨励する優遇税制も導入した。「官製春闘」とも呼ばれる理由でもある。大企業で3%、中小企業では1.5%の賃上げを実施すれば、2018年度からは29.74%となる実効税率【※2】を25%程度までに引き下げるという特典だ。
【※2】実際に掛けられる税額の負担割合。事業税は損金に計上できるのでその分減額となる。

ともかくアベノミクスの公約である「デフレ脱却」もまだ道遠しなのは、実質賃金が上昇していないため、消費者は景気拡大の実感が持てず、財布のヒモを締めたままだからだ。「企業は儲かっているが、労働者には還元されていない」との批判が蔓延する原因になっている。

たしかに、これだけ企業が潤い失業率も2%台と歴史的な低水準なのに、平均賃金が低迷しているのは過去の景気拡大期に照らしても奇異な現象である。何も経営者の欲の皮が突っ張っているわけでもなく、先行投資に極端に臆病になっているわけでもない。これには明確な理由が挙げられる。

主因は中高年賃金の年功部分を是正したこと

まず過去10年間で、賃金が高い水準にある大企業の中高年の年功型賃金中心に、是正が進行した点が最大の理由である。全体としてみれば、それが平均賃金では大きな下押し圧力になった。労働市場の需給バランスの変化が進んだ産物ともいえるものだ。

賃金はベースアップ(略称・ベア)部分と定期昇給(略称・定昇)部分に分けられる。ベアは賃金の水準自体がアップすること、つまり賃金全体のかさ上げなのに対し、定昇は勤続年数に応じ自動的にアップするもので、いわば年齢給である。

ベアは賃金水準の底上げとなるので、企業にとってはコスト負担が大きいのに対して、定昇は予め定められた規定(賃金テーブル)内に収まる。概ね変動なく、コストアップは基本的にない。したがって、どうしても経営者は定昇のウェイトを優先させることになる。
現に、昨2017年の賃上げ2.11%のうちベア部分が1335円なのに対して、年功賃金に当たる定昇部分は5303円。大部分を定昇で占めている(中央労働委員会「賃金等総合労働調査」より)

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「働き方改革」の柱、“同一労働・同一賃金”との矛盾は据え置き

定昇部分は過去4年間で1割下落したが、やはり今年も賃上げの実態は定昇部分が大部分を占めることになりそうだ。賃上げ3%といっても実質、定昇部分が維持・拡大するのでは、安倍首相の掲げる「働き方改革」とも矛盾することになる。

標榜する“同一労働・同一賃金”が「働き方改革」の大きなバックボーンという点からみて、賃金格差の是正こそが重要なテーマなのに、正社員と非正社員、大企業と中小企業、男女間の格差などが依然として取り残されたままになるからである。

仕組みとしても、急速に進む高齢化のもとで、相対的に過剰となる中高年齢層に偏重した定昇についての矛盾は高まる一途にある。当然、この矛盾の温存による雇用コスト高は、今後の生産性向上を阻害するファクターにもつながってくる。

再雇用後(中高年層)の賃金大幅引下げの見直しは不可避に

いま大企業で一般化している一律的な“60歳定年制”も、国際的に見て、多くの先進国では「年齢による差別化」として禁止されている制度だが、日本ではやむを得ず継続している実情がある。

しかし、労働人口の減少から中高年齢層の活用は、今後の企業にとって避けて通れない重要な経営政策となるのもまた、現実である。そうなると定年の前後で同一の業務内容にもかかわらず、再雇用後に賃金を大幅に引き下げる手段の見直しも今後は不可避の課題となろう。

今国会で成立した「働き方改革推進法」では、政府は苦肉の策として、定年退職後の65歳までの再雇用の義務付けを打ち出したが、世界でもトップを誇る平均寿命の日本の場合、70歳まで働くことを前提にした雇用保障を積極的に企業に呼び掛けるところまで踏み込んでもよかったのではないか。

労働集約型に絞られる人手不足で影響は限定的

問題は労働者側の取り組みにもある。連合(注)は'2018闘争方針で打ち出したのは、「4%(うち定昇分は2%)」。ここ数年間、同じ要求内容で継続、例年どおりの枠組みで動いており、迫力に欠ける。つまり経営側と同じく労組サイドにしても賃上げ3%にどうしても、という気迫の欠如が目立つのだ。(注:日本労働組合総連合会の略称、組合員は約690万人)

専門家の集約した意見でも、3%賃上げへの政権の強い要請にもかかわらず「上昇率は抑制される」が大半だ。一方、給与水準の高い金融業などで人員カットの傾向が出始めており、賃金上昇の点からは逆風に作用するとの見方が出ている。

本来なら追い風になるべき“人手不足感”──。この傾向が強いのは、運輸や飲食サービスといった労働集約型の業種に絞られる。またパート比率も高いので、たとえ人集めのため賃金を上げても、日本全体からみれば影響は限定的となるとの見方が多い。

焦点はベア部分のアップ、3年連続減少のストップ

とどのつまり、ほとんどの企業は日本独特の年功序列型の賃金体系に寄りかかったままの姿勢で、春闘に臨んでいるのが実情である。

それでも、ロイター企業調査の2月中旬に集約した報告(資本金10億円以上の中堅・大手企業400社対象調査)によると、ベースアップを行うと回答した企業は、昨年より10ポイント増え、全体の5割近くに達したと伝えている。額や率は期待できないものの、ベア実施に踏み切る企業は、今年は増えるようだ。

jp.reuters.com


今のところ、わが国の代表企業、トヨタ自動車でも労組の要求はベア3000円。満額回答でも定昇含めて2.9%増にとどまる。日産自動車は2.4%、電機大手の日立製作所も2.8%である(3/5現在)。全体としても、昨年の2.11%をどこまでプラスできるか。というより、3年連続の減少を食い止められるかどうかが、やはり焦点になる感じだ。

賃上げも残業代の減少、社保の負担増に消えていく

働き方改革との関連で言うと、長時間労働の是正で、生活費に含めていた残業代が減少するとの見方も多い。さらに不安として定着しているのは、賃上げが実現しても、社会保険料の年々の増加で相殺されてしまう、との指摘が多いことだ。

経団連が主宰する経労委諮問会議で、民間議員で参加している新浪剛史サントリーホールディングス社長も「賃金の上がった割には可処分所得【※3】が上昇しないのは、社会保険料の負担増があるからだ」と述べ、この抑制の必要性に言及している。
【※3】収入から税金、社会保険料などの非消費支出を差し引いた手取り収入のこと

生産性の向上、働き方改革の本格化などを下敷きに、多くの問題と矛盾点を抱えながら今年の3%春闘が進行しているが、最終的には昨年並み、もしくは少し上回る程度の結果に落ち着きそうである。

business.nikkeibp.co.jp

 

コラム執筆者

f:id:Money_Clip:20180209143106j:plain藤沢 佑吉
1948年生まれ。昭和45年に㈱野田経済研究所 編集部に入社、平成4年に経済誌『野田経済』 編集長、同8年に編集主幹、同12年に退任・退職。平成15年㈱インタープレス編集長(常務待遇)に就任、同26年に退任・退社。『建設オピニオン』(建設公論社)、『サイクルプレスジャパン』(インタープレス)にて連載執筆経験がある。