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【食の安全とチーズブランド】EPA大枠合意とチーズ輸入

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日本とEU(欧州連合)のEPA(経済連携協定)の大枠合意が、7月の首脳会談で決まった。
合意により多くの品目の関税撤廃が予定されているが、詳細合意の事務作業や実施前提となる法的整理(リーガルスクラブ)等も継続中で、まだ協定締結には至っていない。特に注目されたのが、日本からの自動車輸出と欧州産農産物輸入に関する合意だ。
ここではチーズに関する協定合意内容及び関連事項と、食の安全等の観点も含めたEU生産のチーズも紹介したい。

EPA合意について

主要20カ国地域首脳会議前に、安倍首相とユンケル欧州委員長の首脳会談で大枠合意がまとまったEPA合意は次のような内容だった。(TPP交渉などで通常使われる“大筋合意”という語句ではなく、“大枠合意”だったことは交渉の完成度はまだ十分ではないが早急に政治的な成果をアピールしたい狙いとも言われている。)

合意の主な内容は、以下の通りだ。

  • EUから日本へのチーズ輸出については、ソフトチーズを中心に低関税の輸入枠を新設、当初2万トンから16年目には3万1千トンまで拡大、関税率も段階的に下げ16年後に輸入枠内は無税とする。
  • 日本からEUへの乗用車輸出では、現行10%の関税を順次下げ8年目にはゼロとする、さらに自動車部品の関税(現行92.1%)を即時撤廃する。
  • 日本酒、日本産ワイン、ウイスキー、牛肉等の関税の即時撤廃。
  • 欧州産ワイン輸入関税の即時撤廃。
  • EUからのパスタやチョコレート輸入は段階的に無税にする。


トゥスクEU大統領は、「貿易上の相互利益のみが合意目的ではなく、我々の社会を支える共有価値(自由民主主義、人権、法の支配)を反映した合意だった」と述べた。
EUにとってのEPA交渉における重点目標は乳製品輸出であり、日本の乳製品消費が増加傾向にあることと、EU内の需要減・競争激化等でコスト割れとも言われる酪農業の状況から、ここ数年進まなかった交渉が米トランプ政権誕生に伴う保護主義化も追い風になり、日欧の深刻な意見対立が乗り越えられ模様だ。(TPPとの関連は後述)

www.afpbb.com
www.asahi.com

チーズの合意内容

ソフト系チーズは、TPPで関税撤廃や関税削減となったものも含め、国内消費動向を考慮して枠数量を割り当てることで国産生産が拡大できる範囲に留めた。
主に原材料として使われる熟成ハード系チーズ(チェダー・ゴーダ等)やクリームチーズ(乳脂肪45%未満)等についてはTPP同様、関税撤廃するものの長い準備期間(段階的に低減し16年目に撤廃)をとった。

また、プロセスチーズ原料用チーズの関税割当制度は維持されたが、ハードチーズ(主にプロセスチーズ原料)は、EUの生産は少量でEPA上の意義はない。
この項目はTPPとの整合性から入れられたものと言われるが、主に(厳しい交渉を行ったという)日本国内向けのポーズとみる向きもある。

食品としてのチーズ

チーズは、加熱して溶けても食べられる特殊なたんぱく質を持ち、その独特の食文化を形作っている。
千種類以上あると言われるチーズは、CPA(日本チーズプロフェッショナル協会)で非熟成の「フレッシュチーズ」、非加熱圧縮の「セミハード」、加熱圧縮の「ハード」、白かびチーズ、青かびチーズ、ヤギ乳でつくる「シェーブル」、表皮を洗う「ウォッシュタイプ」の7種類に分類されている。

さらに、日本では発酵後は加熱殺菌をしない「ナチュラルタイプ」と、ナチュラルタイプを原料として加熱後固めるプロセスチーズに分けているが、EUではほぼ全量がナチュラルタイプだ。
近代になって軍用に開発された保存性に優れるプロセスチーズは、風味が固定されること等から西欧ではほとんど利用されず、日本では広く普及している。この他にも乳清(ホエイ)から二重加熱で作るリコッタや青かび・白かびが共存するガンボゾーラなどもある。

EU諸国のチーズ生産量は、1位のドイツが約230万トン、以下フランスの約180万トン、イタリアの約100万トンと続き、全体で900万トン近くになり世界全体のチーズの約4割がEUで生産されている。(日本は5万トン弱で第20位)

輸出量は、かつてはEU諸国の輸出量が世界全体の過半を占めていたが、最近はニュージーランドやオーストラリアなどの輸出量が増え、シェア4割以下となっている。
日本への輸入も以前はオランダ等からの輸入が多かったが、フレッシュチーズに課される輸入関税の問題もあり、オセアニア2国がプロセスチーズ原料を中心に6割近くと増加している。日本のチーズ輸入量は約25万トンで、ロシアに次いで世界2位(国内消費量30万トン弱の大半が輸入品)だ。

チーズ大消費国の米国は、国内生産も多いが原則として無殺菌のEU生産チーズが法律で規制されており、結果としてEUのチーズ輸出先としては日本のウェイトは高い。
EUから輸出されるチーズには、統合後フランスのAOCという農産物品質認証制度を下敷きにしたAOPという品質認証マークがある場合が多く、地方ごとに実に様々な品質・ブランド等があるEU産チーズだが、認証品には一定の安心感があり人気も高い。

日本でのチーズ人気上昇には、チーズの持つ健康食品の側面も大きいようだ。
チーズには、「カゼイン」というたんぱく質が多く含まれることから、加熱しても構造が壊れないが、消化は良いという特性から古くから健康に良い食品として知られていた。
最近では、チーズには乳酸菌やカルシウムが豊富に含まれ、骨粗しょう症対策、血圧上昇抑制やダイエット効果、さらには虫歯予防や認知症予防にもつながると言われて、徐々に国内消費量が増加している。中でも、味わいや用途から熟成タイプ(ナチュラルチーズ)の人気が高まっている。

EUからの輸入チーズ

日本の分類とは少し異なるが、EU諸国からの非熟成の「フレッシュチーズ」には、ウォッシュタイプやシェーブル、青かび生地、圧縮タイプ等も次第に輸入量が増えていた。
そこに、チーズに課される高関税の問題がTPP交渉でニュージーランドが強硬に関税ゼロを主張したことから脚光を浴びた。

EU域内から日本へのチーズ輸入はこれまでデンマークやオランダからが多く、大生産国である独・仏・伊が低位だったのは国内消費が多いこともあるが、EUで第2位の輸出量を占めるフランスの輸入には、高品質のフランス製チーズに高い関税の障壁があったからだと言われている。

以前から日本人にも知られていたフランス革命を発祥とするカマンベールチーズはフランスが老舗だが、製法について約30年前に自動化(ロボット)産品もAOC認証取得(それまでは手作業品のみ認証)可能となり大量生産で輸出量が急増した。(原則として無殺菌生乳製法がAOC認証の条件であり、認証品は比較的高価)

農業輸出大国フランスがEU主導国としてもチーズ関税問題には関心が高かった理由だ。(ソフト/ハードの撤廃優先順位はTPPと逆)
自動車輸出入で利害が対立するドイツに比べて、チーズ輸入についてはTPPでの議論が下地にあったことで比較的解決しやすい課題という認識も交渉の背後にあり、EPA締結の原動力になったのかも知れない。

今後、フランス産高級チーズが購入しやすくなり、国内消費も増加するだろう。ただし、EU産のナチュラルチーズ特にAOC認証を受けたフランス産高品質チーズは無殺菌製品であり、輸入製品の種類によっては「食の安全」の点から課題やクレームが出る可能性もある。

www3.nhk.or.jp

TPP交渉とEPA締結の意義

皮肉なことに、TPP12交渉が暗礁に乗り上げたことからEPA締結の機運が高まり、チーズ輸入関税も原則として無関税となる予定だ。
この結果、日本へのフレッシュチーズ(プロセスチーズ以外のチーズ)輸入は、関税低減に併せて増加傾向が見込まれ、経済問題の改善を重視するマクロン大統領の政策にも影響があるかも知れない。

フランスの貿易収支は、農産品がプラス、鉱工業製品がマイナスで、全体として貿易赤字国だ。
現行では、最大29.8%の関税だった輸入チーズや韓国からはすでにゼロとなっていた日本からの自動車関税撤廃等はまとまりそうだが、EPAの対立点だった電子商取引、自治体入札の参入、投資紛争解決等についての詳細な合意内容はまだ明らかになっていない。
ただ、関連する国内の「畜産経営安定法」は合意前に改正済であり、消費者がワインやチーズを安く買える日は近そうだ。

日本の経済にとっては、このEPAの「大枠合意」が、米国抜きのTPP11交渉へのプレッシャーにもなっていることは大きなポイントで、米国抜きTPPに反対だったニュージーランドの新政権が一転してTPP締結に前向きになった背景に、国内酪農家の交渉推進への圧力があったことからも、EPAの「チーズ合意」の意義は大きい。

日本で行われた実務者協議でTPP11の凍結条項は固まりつつあり、11月中の大枠合意の見込みも出てきた。大きなことは、知的財産保護等の関税以外の多くの項目で凍結が決まったことだ。
そもそもEPA交渉が早期に大枠合意できた背景には、日本側の態度としてTPP12の枠組みが譲れない大枠(交渉テンプレート)であった。そのため、まだ数年以上かかると思われた
EPA交渉が、EU側の妥協で急速に進んだ意義は大きい。

知財保護など貿易交渉にとどまらないTPPの推進は、貿易立国の日本にとって通商政策や経済への好影響があることは間違いなく、将来の米国参加も含めてTPPの早期締結が望ましい。
7月のEPA大枠合意が、交渉進展に大きなプラスになっていることは前述の通りだ。
チーズ価格低下だけではないEPA合意の成果がTPP実施に結び付けば、「“大枠合意”は政治アピール」だったとの批判を越えた大きな経済的成果になるのかも知れない。

 

 

コラム執筆者

f:id:Money_Clip:20170111181053j:plainK. 和気
損害保険会社等で担当者約5年、決済責任者を含め通算10年以上にわたり数百億円に及ぶ単独資金決済運用(最終決定)を担当。現在は非常勤顧問として勤務の傍ら、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れ、株式・為替・債券等にて資産運用を行い、日々実益を出している。