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地球環境を救う塩害高耐性植物は農業革命で世界を変えるか?

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東日本大震災で広範囲に塩水に使った水田を復活させるために、塩害に強い品種の開発が急ピッチで進んでいる。その研究の中から、海辺の食物が持っている塩水に負けない植物の秘密が明らかにされつつある。
この仕組みが応用できると、中東やアフリカの砂漠地帯でも海水利用の農業が可能になる可能性が出てきた。新たな農業革命は、地球環境の変化さえ生むかもしれない。
灌漑と塩害の意外な関係、稲の塩害対策を中心に、今後期待される農業イノベーションを探ってみたい。

灌漑が作った黄河領域の荒廃

最初に、古代中国の話からご紹介したい。
日本にも飛来する黄砂の源、黄土平原から流れ出た黄河は、中国古代の戦国時代までは単に「河」と呼ばれ、渤海湾にそそぐ河口付近まで清流だったようだ。
それが現在のように表土で黄色く濁り黄河と呼ばれるようになったのは、秦漢帝国時代の農業政策、大規模な灌漑の結果という説がある。

秦漢帝国統一後の中国では、現在の黄土高原まで耕作地が広がり、畑作拡大の灌漑工事が進み、結果として農業生産は飛躍的に拡大したが、傾斜耕作地からはどんどん表土が流れ「塩害」も発生した。
中国北部のように降雨の少ない土地では、灌漑によって農業用水を導入し耕作を行う。この灌漑用水には微量の塩分が含まれ、降水量が少ないと塩分だけが土壌に残り、地下に沈殿する。

灌漑耕作地では、耕作終了時に水供給が止まり、土地は乾燥する。
このサイクルを続けると灌漑で上昇する地下水位の影響もあり、塩分を含んだ地中の水がやがて表面に上昇する。この経過が繰り返されることで結果として土地には塩分が集積する。
この現象は再生アルカリ化と呼ばれ、表面の塩分は水溶せず、灌漑で洗い流すことのできないもので、次第に耕作地を減少させることになる。これが、現在もウラル海等で大規模な耕作放棄地が増加する原因になっている、「塩類集積」現象だ。

畑地の灌漑を続けることにより表土が塩分で覆われた耕作不能地が拡大し、やがては乾燥した砂漠地帯に変化してゆく。(稲作地帯では、灌漑メカニズムが異なるので塩分集積は緩やかで、耕作継続はし易い)
広大な黄砂の広がる中国北部高原地帯は、二千年前の耕作地拡大までは肥沃な緑の大地だったという。

塩害の影響と困難な対策

塩類集積が進むと土地の農業生産性は激減する。
塩が貯まった表土を取り除くには多大な労力を必要として、現代でも困難な工事であり、古代中国で耕作放棄地が拡大し続けたのも無理はない。

灌漑を続けると、地下水位の上昇により塩類集積が起こること自体は古代メソポタミア文明の衰退の原因ともいわれ、古くから知られていた。
しかし、塩類集積が発生した環境の改善は非常に難しく、多くの費用と期間を要する。
これには、湛水による塩類除去、深耕(表土除去)、客土等の対策が考えられるが、影響範囲が広い場合、費用等の問題で耕作放棄されることが多かった。

現在世界中の農地が塩類集積により毎年150万haも失われ、累計で3億haが耕作不能地化し、今後50年で更に倍増する危険性が心配されている。

植物が塩分に弱いのは、常時根が水分吸収を行うため、塩分濃度上昇時に根細胞の周囲の浸透圧が増加し水分吸収が困難になったり、細胞から水分が流出したりする。(細胞内への塩分流入で代謝活動異常も起こりうる)

塩害という言葉は、沿海部の水田などが台風等で海水に漬かり、稲が育たなくなることだったが、今では広く「土中の高い塩分濃度で農作物の不作が起こること」をあらわすようになり、世界中で問題化している。
海岸地帯での塩害に悩む途上国や肥料の過剰連用で農地の塩分濃度が増加する先進国の塩害も問題になっている。

塩害高耐性植物の登場

最近日本でも大規模な塩害が発生した。
東日本大震災の津波と地震による地盤沈下で、宮城県等の海岸寄りの水田に海水が侵入し、影響範囲の広かった宮城県内の水田等の被害面積は1.5万ha近くになった。
緊急除塩処理が出来た農地は1割以下で、しかもその土地にも地下水位上昇による塩類集積の危険性があり、小麦や水稲の生産継続に問題が起こっていた。

fukkou.soil-doctor.jp


ここで、塩害高耐性植物の研究が注目された。
岩手生物工学研究センター(陸前高田市)では、ストックされていた6000株に及ぶ稲の突然変異株から、塩分に対する耐性を持つ品種が一株だけ見つかり、塩害土壌の生産再開に向けた救世主になることが期待されている。

さらに、この塩分耐性のメカニズム解明が進み、植物が取り込むナトリウム調節に関係するHKT1というたんぱく質が、過剰な塩分による浸透圧変化から細胞を守っていることが分かってきた。

比較した一般の稲との遺伝子のDNA相違部分は1か所の塩基だけで、その違いからHKT1の働きが変わったようだ。
東京農業大学の研究により、このたんぱく質の高度な塩分調節機能は、海水の混じる汽水域等で生育可能な葦の根にも備わる機能であることも分かり、このナトリウム制御タンパク質導入によって、高塩害耐性植物を作ることも可能と考えられる。
今後、他の植物への応用ができれば、塩分濃度の高い土壌での広範な農業生産が可能になると期待されている。

稲の高い適応性と生産性

稲類は、擾乱の強い環境を好む植物と言われる。
生育時には湿原の水中で成長し、乾燥した土地で実りの時期を迎える。雨季と乾季のある地域に適応したものと考えられているが、前述の灌漑による塩類集積の影響を受けにくい耕作方法が可能なことから、東アジア一帯に耕作地が広がっている。

米の生産性は麦の10倍ともいわれ、水筒生産が可能な降水量がある地域では、古来より米の高い生産性が人口増加を支えてきた。
しかし、生育時に豊富な灌漑用水を必要とするため、耕作適地は限定されていたが、もし高塩害耐性稲が利用できれば、将来的には塩類集積地だけでなく海水を利用する灌漑農業の可能性も考えられる。
西アジアの砂漠地帯等で海水を取り入れた水田での耕作が可能となれば、食糧生産の大きな変革になり、加えて砂漠の緑化にもつながる。

www.asahi.com

農業イノベーションの可能性

こうした高塩害耐性植物は稲類での検討が進んでいるが、高濃度塩水での耐性自体のメカニズムは、多くの植物で同様の仕組み(HKT1たんぱくによるコントロール)は同様なので、将来的に水稲以外の植物、小麦やトウモロコシや家畜飼料等にも適応可能となれば、前述した広大な塩類集積地が耕作可能地域となり、世界全体の農業生産が飛躍的に拡大するだろう。

現在は試験段階だが、高塩害耐性植物は、ナトリウムの取り込み抑制機能が働くと共に、花や実のなる上部では、栄養分や糖分の取り込み能力が増大することが報告されており、塩分耐性だけではなく、作物の味や栄養価の向上の可能性さえ期待できるかも知れない。 

また、JT(2914)は、独自に塩害等の環境ストレス耐性植物作成に取り組んでいる。
乾燥地帯でも、植物体の水分不足で塩分濃度が上昇し、塩分累積地帯と同様の農業被害が起こる。

海岸や乾燥地で生育する植物は、塩分増加時には適合溶質と呼ばれる化合物を合成し細胞内に蓄積し、浸透圧を調節、水分や塩分が細胞内の過剰流入を抑制している。
この適合溶質の一つベタインは、浸透圧調節に加え、光合成反応が塩分で阻害されるのを防護する性質を持つ優れた適合溶質であり、JTはこのベタインを利用した環境ストレス耐性植物作成に取り組んでいる。
植物のベタイン合成酵素の遺伝子導入は技術的に難しいため、塩害植物と同様なベタイン合成経路をもつ土壌細菌の遺伝子操作によりシロイヌナズナの耐塩性等の強化に成功した。

砂漠の緑化問題は、塩分累積だけではなく、耐乾燥性の植物も必要だ。
中国北部の黄河等の流域農地は工業用水等の増加で水不足となった。
最近10年で2割程度利用可能水量が減少したとも言われ、支流の一部耕作地の砂漠化が懸念され、海水淡水化の検討までされている。

塩害と水分不足は密接な関係にあるので、塩分耐性と乾燥耐性を同時に高められたシロイヌナズナ作成の技術が他の植物に応用できれば、広範な砂漠の緑化も実現に向かう。
稲や小麦等の穀物にまで実用化するまでには更に研究が必要だが、塩害等への対策の一つとして注目される技術だ。
この他にも、小麦の塩ストレス耐性のメカニズム解明に向けた国際研究や耐塩性アブラナの研究など、震災を大きな契機として植物塩害耐性の研究が各方面で進められている。

今後、これらの試みが成功し世界中の耕作可能地帯が拡大すれば、食料生産の向上だけではなく、最近変動が激しい気候等、地球温暖化の副次効果等も大幅な緑地拡大により、人類にとっての明るい方向への転換が期待できるかも知れない。

参考書籍

古代農業の塩害等(『環境から読み解く古代中国』原宗子著、大修館書店)
稲の遺伝子(『DNAが語る稲作文明』佐藤洋一郎著、日本放送出版協会)
遺伝子組み換え技術(『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』小島正美編、エネルギーフォーラム)

 

 

コラム執筆者

f:id:Money_Clip:20170111181053j:plainK. 和気
損害保険会社等で担当者約5年、決済責任者を含め通算10年以上にわたり数百億円に及ぶ単独資金決済運用(最終決定)を担当。現在は非常勤顧問として勤務の傍ら、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れ、株式・為替・債券等にて資産運用を行い、日々実益を出している。