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ブラックスワンと保険

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“ブラックスワン”という言葉の意味は意外と知られていないかも知れない。
ブラックスワンと保険と言えば、外資系保険会社のTVCMに登場する黒い白鳥のキャラクターを思い浮かべる人も多いだろう。
しかし、本来の意味は事前想定より高い確率で発生する事象でありながら、そのリスクが予想外に大きな影響となることを指すもので、投資会社を経験した米国の学者が提唱したものだった。
証券市場や保険分野における、このブラックスワン事象とその影響について考えてみたい。

証券市場におけるブラックスワン

ブラックスワンとは、株式や為替等様々な取引市場において、事前に関係者や一般人の予想にはほとんどなかった事で、かつ発生した時には大規模な衝撃(または被害)等の結果が発生する事象を指した言葉だ。
ヘッジファンドで運用者の経験を有する認識論学者のナシム・N・タレブは、自信の著書『ブラックスワン』でこのブラックスワン理論を提唱した。

全てが白色と信じられていた白鳥だが、オーストラリアで黒色の白鳥が発見されたことで、これまでの鳥類学の常識が大きく覆えされたことから名付けられた言葉だ。
タレブの確率論では予測外の極端な事象や過去の知識・経験では想定外の現象(事象)が発生し、その結果として市場や生活等に甚大な影響を与える事象の総称をブラックスワン現象と呼んだ。

不確実性は人間にはコントロール不能と主張する「ブラックスワン」の2006年の刊行以降まもなく、サブプライムローン危機を引き金としたリーマンショックが発生したことから、この本は全米で150万部を越えるベストセラーになった。
タレブは、リスク許容度は低い(失敗は見逃せない)が、予測では発生確率は非常に低いが、社会大きな影響を与える事象を「ブラックスワン」と呼び、その対策には「反脆弱性」が必要と言う。
反脆弱性とは「衝撃を利益に変えるもの」、変動性・ランダム性・無秩序・ストレス等によって成長(繁栄)するもので、冒険、リスク、不規則性、不確実性を好む。
「脆い」の反対概念で、ぴったり当てはまる単語がなく、「反脆弱(antifragile)」と造語した。
反脆弱は間違も許容する独特の性質で、発生事象の理解不十分でも未知の事態に対応出来る、むしろ考えずに行動するほうが有利である。

さらに対応の仕組みとして「バーベル戦略」をあげた。
ブラックスワンの予測は不正確で、「リスク測定度合」に欠陥があるので、可能な限り超保守的戦略と超積極的を組み合わせるべきという戦略だ。(組合わせた投資全体が「中程度のリスク」となる)
米国国債等の一番安全な資産に大半の資金を投資(8~9割)し、資金残額を極めて投機的な投資対象に振り分ける。(後述のヘッジファンド等オプション取引)この方法で、確度の低いリスク管理に頼らない「超保守的」と「超積極的」投資の併用で合成された中程度リスクを選択するのがバーベル戦略だ。
「予測不能性の利用」すなわち想定外の事態で収益を得る準備(投機)が、ブラックスワンへの正しい対処法だと言う。これを「予測ができないなら予測不能自体を利用すればいい」 という言葉でタレブは説明した。

ブラックスワンには、リーマンショックのような金融市場危機や大規模地震等の自然災害や9.11テロ等、予測困難で社会的な影響が大きいもの全てが含まれ、下記の特徴があげられている。

  • 予測できないこと
  • 非常に強い衝撃や影響があること
  • 発生後には後付けで説明が行われ、既に予想されていた或いは可能性は知られていたと整理される事象

この3番目の「後講釈」については、サブプライムローン以降の衝撃的な事象である東日本大震災についても適合している。
タレブは、人々は未来を知らず、衝撃の未来を知らなかったことさえ認めないと言いつつ、これを利用できる方法の具体化をした。タレブ自身がアドバイザーとして参加する、この理論に基づいた投資戦略を持つファンドが米ユニバーサ(Universa Investments)により設立されている。

ファンドの仕組みを簡単に要約すると次のようになる。

  • 一般に投資家は相場が堅調なときには、下落リスクをあまり考えない。
  • ファンド運用は、相場堅調時に先物市場で特定銘柄や株価指数のプットオプションを買う。(この時点ではオプション価格が安い。ブラックスワン理論は株価上昇時のプットオプション=下落リスクへの投資には人気がないことを着目した)
  • 当然のことながら、こうした相場状況ではスタート(設定)時点から一定期間は小幅な損失が発生し続ける。
  • しかし株価暴落の際には、投資家がリスクヘッジを求めてプットオプション購入に走るので、このオプション価格が急騰する。
  • ファンドはこの時点で、オプションを売却し巨大な利益を上げる。

このようなファンドは、行使価格を市場価格より大幅に低く設定し、株価急落の際には大きな利益が上がる仕組みだ。

株式市場のブラックスワン指数

ブラックスワン指数(SKEW Index)とは、株式市場等のオプション市場で「株価大幅下降の確率÷株価大幅上昇の確率」で、このブラックスワン指数が上昇する局面は、「株価の大幅下落を警戒する投資家増加」状況を示す。

2017年の春には、仏大統領選や北朝鮮関連の緊張が重なり、ブラックスワン指数は比較的安定していたVIX(恐怖)指数に比べると投資家不安の高まりを示す数値だった。
そのブラックスワン指数が再び上昇傾向を示しており、リスク回避姿勢が強まっている。
タレブのブラックスワン理論は、こうした金融市場の混乱により成功する投機的な動きを狙う投資戦略だ。(相場のボラティリティが大きいほど利益が上がり、長期間変動が少ない状態だと失敗することになる)

正統的な投資戦略(投資機関)においても、このユニバーサ・インベストメンツの様な特異な運用方法を主にリスクヘッジとして活用している。
株式市場の下落に備える機能を投資家に提供し、債券と株式主体のポートフォリオに、このプログラム(ヘッジファンド)を追加すれば、株式等リスク資産のウエート増加リスクの許容額全体を増やせる。
あるいはファンド全体のリスクを下げ、結果として中長期での利益を期待できる。
現在でも、低金利で高止まりの債券市場で収益がなく、最近の地政学リスク増大等も考慮した投資家に一定の需要を得ているようだ。

style.nikkei.com
jp.reuters.com

実は珍しくなかった保険上のブラックスワン現象

証券市場等では、相場変動に備えるヘッジ手段としての理解が多いブラックスワン理論だが、保険市場においてもブラックスワン現象は大きな意味を持つ。
保険商品は長期間のデータに基づいたリスク統計の数値を前提に設計される。
だが、火災や自然災害等の従来型リスクとサイバーセキュリティ等新しい形のリスク双方にブラックスワンの存在が影を落としている。

NY国際貿易センターに対するテロ(9.11テロ)や2000年代に入ってからの巨大地震(津波)の発生、東日本大震災の発生、そして今後発生が予想されるサイバーテロの被害は、従来型リスクシナリオを越える損害として保険制度の根幹にかかわる問題とも言われている。

保険会社とブラックスワン

「ブラックスワン」刊行後に設定された、タレブが関与した前述のヘッジファンドから、このディリバディブ商品が、彼のブラックスワン利用方法(解決策)だと言われる。
だが、保険においても以前からこの手法はある程度利用されている。

各種保険は戦争や大地震等、予測不可能で発生した場合の損害が巨大なリスクに対しては、免責条項を設定し、保険金を支払わない定めが当初は一般的だった。
過去の保険会社のブラックスワン対策は、地震や台風等の想定できない巨大リスクには一切対応しないという仕組みだ。
支払うべきリスク内容を詳細に規定し、免責条項として対象外にする。ブラックスワンを相手にしないという仕組みだ。
だが、時代の要請杜甫園会社間の競争等により、この大災害排除システムは次第に変更され、部分的な台風等への支払いや政府関与での地震保険、リスクを限定とした戦争保険などで支払い対象となる巨大損害も増えてきた。また、火災や自動車事故等の損害率も低下傾向にあり、保険営業上、新商品の開発も営業現場から要請されていた。

こうした災害への保険支払いのうち、巨大損害に対する備えには、従来からあった災害への再保険という仕組みの範囲を拡げることで、引き続き一定のリスク保障がされている。
再保険は、支払保険会社の一時的な支払超過に対応して再保険額に応じて補填するもので、世界中の再保険は複雑に絡み合って相互依存しており支えあっている。
例えば最大の引き受けキャパシーを持つロイズ(ブローカー・シンジケートを会員とするロイズ保険組合)は、世界中の再保険市場で大きなシェアを持ち、その膨大な資金力で世界の保険会SYが巨大リスクに対応することをある程度可能にしてきた。

やはり存在したブラックスワン

しかし、9.11テロ以降ロイズの経営問題が表面化した。
当時、テロ災害は有責(保険支払いあり)だったため、多くの保険会社に巨大な支払いが発生した。
それまでの保険の規定(約款)では、戦争、内乱、革命、暴動による損害」は免責だったが、テロリストという言葉は明示されておらず、ほとんどの保険種目では支払い対象となったため、巨額の保険金支払いが発生した。(ビルだけでも約6割加入で4千億円程度、付帯損害を含めると7~8千億円と言われた)

その後、こうしたテロ被害は多くの保険で免責とされたが、再保険加入が不十分だった一部の保険会社は破たんし、再保険受託の多いロイズには経営危機説も浮上した。
また、ロイズには巨額の再保険請求が出され、それまで無限引き受けだった引受人が撤退するケースがみられた。(その後引き受けシステム改正等である程度回復している)

しかし、免責だった戦争損害にも限定的だが損失カバーの保険種目も高いニーズを背景に増加傾向にある。
例えば、サイバーテロは既に巨額の損害(保険加入率は2割以下と想定されているが、その場合でも最大保険金額としては6兆円程度)が予想されている。
さらに、世界的に普及の進んだインターネットを前提とした現代社会は、例えば太陽フレアによる電磁波障害では被害総額が算定できないほどの巨大損害が発生するとも言われる。
ブラックスワン理論から言えば、保険を巡る巨大リスクへの備えは十分ではないのかも知れない。

www.bloomberg.co.jp

保険会社のブラックスワン対策

現状で保険取り扱いのリスク対策が不十分だという見解は必ずしも一般的ではない。
9.11テロによって破たんした保険会社はごく一部で、再保険カバーが不十分だったことが主な理由だった。

経営基盤がしっかりした多くの会社は、冒険的な取引に深くは踏み込まず正統的ビジネス中心であり、こうした保険会社には予想を超える大災害に対しても、様々なリスクヘッジ手段が機能し、巨大災害の支払いでも経営破たんは起こりにくいという見方が大多数だ。(これは、東日本大震災後の保険会社の収支でも実証された)

複数のリスクヘッジ対策で、全体のリスクを抑えるという保険会社の仕組みはタレブのブラックスワン対策に似ている。
ただし、新分野特に巨大災害を取り扱う保険種目を積極的に受け入れる保険企業や9.11テロと東日本大震災で高騰している再保険料支払いを抑える等の冒険的な経営手法によっては、心配がない会社がないとも言い切れない。

また、そもそも発生が予測できないリスクがあるのが、ブラックスワン理論であり、9.11テロや福島の原発事故など、事前予測がほとんど公表されていなかった災害の前例もある。
特に心配されているのが、前述した様に活動が活発化傾向にある太陽の大規模なフレア発生だ。
太陽フレアは正確な事前予測が出来ない太陽面の爆発で、巨大なフレア発生時には、地球上のすべてのコンピュータを含む全電子機器が破壊または停止し、その損害は見積もり不能なほど大きいと心配されている。

uchutankentai.com

AI予測と保険の未来

この問題をさらに複雑化しているのが、AI(人工知能)による経済予測だ。
証券市場においても様々な影響が報告されているが、保険分野では今は企業へのAI導入が中心だが、将来的には保険顧客の状態理解の深い個人向けAIが顧客側に普及後には、その個人向けAIを通じて保険商品や関連サービスを販売するという構想が生・損保会社に浮上している。

まだ計画段階だが、生命・ 損害保険会社のマーケティングの対象として、ビッグデータを含む情報をAIへ提供する方向にと変わるかも知れない。
このこと自体は、保険会社・顧客双方にとっての改善となりそうだが、一定の与件で判断するAIは、ブラックスワンのような「予見不可能な事象」は通常排除する。
このため、すべてのリスクに備えた自信を持ったAIが、ブラックスワンを軽視して判断を誤る可能性も指摘されており、今後ある程度AI利用保険が増えた時には更なる不安要因になるとも言われている。

まだ不確かなブラックスワンの飛来を必要以上に心配することもないのだが、ブラックスワンの登場で真っ先に真価が問われるのは保険会社の経営であることは間違いないだろう。

 

コラム執筆者

f:id:Money_Clip:20170111181053j:plainK. 和気
損害保険会社等で担当者約5年、決済責任者を含め通算10年以上にわたり数百億円に及ぶ単独資金決済運用(最終決定)を担当。現在は非常勤顧問として勤務の傍ら、マーケットや経済情報をタイムリーに取り入れ、株式・為替・債券等にて資産運用を行い、日々実益を出している。